電気系 生涯プロエンジニア(R) 奥野 賢司さん

「現場主義」をモットーに、解析・ノイズ対策を強みにして
不具合の原因を追い求めてきた。


●プロフィール
1981年  メイテック入社
1981年~ プログラマブルコントローラ(以下PLC)の
     ハード解析、技術指導、教育担当
     PLC生産工程の生産技術管理、冶具の設計
1991年~ 半導体搬送車両、半導体保管庫、
     ロボットマニュピュレーター制御の新規開発
1998年~ 駐車場の精算機、発券機の評価および設計、
     車両検知機器、駐車場管理システムの新規開発
2000年~ 遊技機器の台間機、精算システムの新規開発・設計
2002年~ 遊技機器の制御基板回路設計・ノイズ対策
2003年~ 遊技機器の台間機、精算・販売システム関連機器の
     不具合解析、品質保証業務
2007年~ 近傍型非接触ICカードの無線通信回路の製品評価
2008年~ 社内派遣による研修講師
2011年~ PLCのマイコン応用システムの回路検証と評価
2012年~ 社内派遣によるアナログ認証試験問題の作成
2012年~ 娯楽機器の液晶映像データ通信技術の回路・パターン設計
2014年~ 工作機械の電気系全般の設計・不具合解析定年到達
2018年3月 定年到達

大好きな海と電気を学び、
ものづくりの世界へ

父が電気関係の設計や施工の仕事をしていた影響で、私も電気に興味があり、理科教室に参加したり、中学生のころには小規模回路をつくったりしていました。

同時に、海が好きだったことから大学では海洋電子工学という分野を学びました。耳慣れない学問ですが、例えば海の塩分濃度、酸素濃度、潮流、温度など、さまざまなデータを計測するロボットブイに代表されるように、海の勉強と、電気系の勉強が両方できる学科です。
 
就職先は、海に関連する計測器や装置のメーカーを希望していましたが、うまくいかず苦戦していた時、大学の先輩の紹介でメイテック(当時は名古屋技術センター)を知りました。

ものづくりをして、製品を市場に出したいという思いもあり、いろいろな設計開発の現場を見られるところが魅力で入社を決めました。

解析の面白さを知り、開発を通して
「現場主義」の大切さを知る

最初のお客さま先は、プログラマブルコントローラ(以下PLC)メーカー。生産技術管理や治具の設計を行いました。上司から「きれいな図面を描くね」と褒めてもらったことを覚えています。

その後、修理部門に移り「この会社の全機種の修理ができるようになりたい」と、貪欲に取り組みました。単に修理するだけでなく、不具の原因究明も経験したことで、解析することの面白さと重要さを知るきっかけにもな
りました。

ここでは同じお客さま先にいるメイテック社員が集まって、いろいろな勉強会を開催していました。
その活動が認められ「うちの新人社員を教育してくれないか」と頼まれたのは、業務開始から3年目ぐらいのことだったと思います。
それからは、お客さま先の社員の技術指導も行うようになりました。

こちらには9年11ヵ月お世話になりましたが、7年目を過ぎたころから、自分がステップアップしている感覚がなくなり、別の仕事に挑戦したいと思うように。

お客さま先の上司は「ずっといてほしい」と言ってくださいましたが、数年かけて納得してもらい、次の業務に移ることが決まりました。

一九九一年八月からは半導体の搬送車両と保管庫などのシステムのメーカーに、サービスエンジニアとして配属されました。

ところが、最初の業務で半導体メーカーの新規工場のシステムレイアウト図を提出し、開発部門に配属されることに。

業務についてから数週間目のことです。
「各部門の技術を利用して思ったように開発していいですよ」と言われ、開発中のリニア・モーターや非接触給電装置、他部門の搬送装置などを集結し、メイテックの機械系エンジニアと2人で搬送車両の新規開発を行いました。

その車両は、グッドデザイン賞を狙っており、デザイン優先。
専門デザイナーによる丸みの多いデザインで、実装すべき制御ユニットの配置や形状に苦労しましたが、無事、グッドデザイン賞を受賞することができました。

その後かかわった製品でも、毎年受賞できたことは良い思い出になっています。

海外への出張も多く、常に車には2週間分の服を置いていました。朝、出社すると航空券が置いてあったことも……(笑)。あのころは毎日きつかったですが、アイデアがどんどん浮かび、新しいことに挑戦できること、ゼロからものづくりができることが面白く、楽しかったですね。

私が「現場主義」を大切にするようになったのもここでの経験からです。
電気系エンジニアですが、板金図や樹脂成型品の図面を描いていた時、製造会社から、私の板金図では「ものがつくれない」と指摘されました。

図面としては正しくても、加工の仕方や材料のことを知らないと、実際にものをつくれる図面にはならなかったのです。
そこで、ものをつくるための図面を教えていただき、それまでの描き方を見直すことができました。

「なんらか」の不具合はない。
原因分析を徹底した

一九九八年六月からは、最初のお客さま先と同じ会社の別部門で、駐車場の精算機や発券機の評価・設計、駐車場管理システムの新規開発などを行いました。

その後、このお客さまからはたびたびお声がけいただき、二〇〇〇年以降はグループ会社も含めて4回配属され、業務に携わることになります。
この不思議な巡り合わせにはご縁を感じています。

二〇〇二年一月からの遊技機器の制御基板の回路設計では、貴重な経験がありました。
それは以前から行っていたノイズ対策です。
特に静電気ノイズに強い遊技台を設計することがミッション。

ノイズ対策部品を使用せずに、基板のアートワークを工夫してノイズ耐性を高めるのに苦労しましたが、そのおかげでノイズ対策の手法について究めていきたいと思うようになりました。
二〇〇三年六月からは、私を含めた4名で品質保証部内の解析部門の立ち上げを担当。

電気系の不具合だけでなく、機械系の故障や、樹脂製品が割れるなどのトラブルも含めて、すべて解析しなければなりません。

先頭に立っていた課長は「『なんらか』という不具合はあり得ない。原因は絶対ある」という方針で、あらゆる分析装置を駆使して徹底的に原因分析に取り組みました。

幅広い解析手法を身に付けることができ、自分の成長に大きくつながっています。
この仕事を定年まで続けていけたらと思っていました。

ですが、お客さまの事情により契約終了となります。

二〇〇八年十月からは社内派遣による、新卒研修講師と教訓エンジニアを指導する講師を経験します。
人に教えることが好きで、社内講師はメイテックで実現したいことの一つでした。

教えるために、研修生以上に一番勉強したかもしれません。
「技術を伝えたい」という想いが強かったので楽しく取り組むことができました。

二〇一一年三月からは、PLC の経験があることから、PLC のデジタル回路部の検証と評価を担当。
基本回路はアメリカで設計されたもので、回路に問題がないかを検証する仕事でした。

パターン設計などは、日本とは考え方が違います。

海外の担当者とのメールでのコミュニケーションではうまく意図を伝えられず苦戦。

そこで知りたい部分を空欄にした、虫食い文章にする方法を思いつきました。
これならズバリと答えが返ってくる。

言葉の壁を乗り越え、海外の担当者から期待した回答を得ることができました。

ノイズ対策やパターン設計は強み。
技術を次世代につなぎたい

二〇一四年十一月からは、工作機械メーカーで電気系全般の設計や市場品質対応を行っており、現在もお世話になっています。

内容は、主に市場不具合の原因究明と対策です。
不具合解析や対策による評価業務は、とても自分に向いている業務だと感じています。

これまで、ノイズ対策やパターン設計、不具合解析に重点をおいてきました。
これらは私の持ち味で強みになっています。

また自分で発想できる新規開発や、解析部門の立ち上げなどにも携わることができました。

さらに同じお客さまから何度も声をかけていただき、望んでいた社内講師も経験でき、導かれるように自分のしたいことを経験できたと思います。

定年を迎えた後もしばらくは現在のお客さま先で業務しながら、ノイズ対策やパターン設計、不具合解析をはじめ、自分が蓄積してきた技術を、未来のものづくりを担っていくエンジニアに伝えていきたいと思っています。

(インタビュー 2017年12月20日)

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