機械系 生涯プロエンジニア(R) 徳岡 政信さん

板金・樹脂、筐体・機構と、経験の数だけ
増えた引き出し。新たな出会いは何より楽しい。


●プロフィール
1983年  メイテック入社
1983年~ 自動券売機・自動改札機の筐体設計
1989年~ 血液分析装置の設計開発
1989年~ 家庭用エアコンの設計開発
1994年~ ノート型パソコンの設計開発
1994年~ 自動改札機の設計開発
2006年~ エアコンの設計開発
2009年~ 空気清浄機の設計開発
2009年~ エアコン室外機の設計および実機試験
2009年~ 空気清浄機、家庭用赤外線ヒーターの設計開発
2015年~ カーナビの量産用樹脂設計、および板金設計
2015年~ フィルムやウェハーなどの膜厚測定検査機器の設計開発
2017年9月 定年到達

さまざまな会社で
さまざまな仕事をしたくて転職

とにかく新しいもの好き。
そんな私に、次々と新しい製品や課題に出会わせ、何人分にもなりそうな経験をさせてくれた。

私にとって、それがメイテックでのエンジニア人生です。
メイテックに所属するままさまざまな会社で設計に携わり、求められる役割を果たす私たちは、一人の一生では経験できないことを疑似的に経験するアクター(俳優)にも例えられるんじゃないか、とも思っています。

子どものときから手先は器用で、プラモデルを次から次へとつくっていました。
特に好きだったのは自動車やオートバイ。つくり始めると食事も忘れて没頭します。

中学生のころには「将来はものづくりを仕事にしたい!」と考えていました。
絵を描くのも好きで、漫画を書いたりスケッチをしたりしていたので、美大に進むことを考えた時期もありましたが、やはり初志貫徹。
工業高校から短大の工学部機械科へと進学し、製図や金属加工を学びました。

短大時代はマンドリン部でウッドベースを弾いていたのが、一番の思い出です。
特段勉強家だった記憶はないものの、機械関係の仕事をしたい気持ちは変わらず強く、滋賀県内のねじメーカーに就職しました。

入社して2年ほどは製造現場での実作業や試験などを担当。
3年目に「営業も覚えてみたい」と手を挙げた、セールスエンジニアの仕事が面白かった。

東京へ転勤し、関東一円の製造業各社を回りながら販売と技術指導をする仕事は、新しい出会いが多く充実していました。
しかし、異動により滋賀での製造や試験の仕事に戻ることになって、以前と同じ仕事は物足りない、やったことのない機械設計をしたい、と考えるようになりました。

先にメイテック(当時は名古屋技術センター)に転職していた元上司から「社員のほとんどが設計をしている」「さまざまな会社に飛び込んで仕事ができる」と聞き、自分に合っているに違いない、と転職を決めたのです。

解析の面白さを知り、開発を通して
「現場主義」の大切さを知る

メイテックに入社して最初に配属されたのは精密機械メーカー。
駅の自動券売機・自動改札機などをつくる部署でした。担当は板金加工を使う筐体設計です。

ところが、初めての設計で強度計算がまったくできておらず、「これで製品になるか?!」と言われる始末。

学校時代の教科書をひっくり返して勉強し直しました。
また、こうした設計は加工法を知らずにはできませんから、何度も加工現場に通っては、加工の様子を見て、聞いて学びました。

そんな苦労もありましたが、図面の描き方をはじめとする基本を吸収し、エンジニアとしての地固めをした時期でした。
セールスエンジニア時代の経験を活かし「自分を知ってもらう」コミュニケーションも発揮して、6年6カ月間業務を継続することになります。

続いて1998年から配属となった空調機器メーカーでは、樹脂設計を経験しました。

形状が限られる板金に比べて、さまざまな形状をつくることができ、曲線も出しやすい樹脂設計の経験は、設計や加工の視野を広げてくれました。
また、ステッピングモーターなど、機構部の設計もここで経験。

初めて尽くしですが、初めて代表者をしたのもこのころです。
いきなり20人という大所帯で、メンバーを家に呼んだりして、話しやすい雰囲気をつくろうと頑張ったことを覚えています。

ごく短期間ですが、鳥取県での単身赴任を経験したこともあります。
真冬の雪の多さに驚いたり、まだ幼稚園の娘たちと手紙のやりとりをしたりと短いながらも印象深い4ヵ月でしたが、ちょうどバブルが崩壊したころで、契約終了しても新しい配属先がなかなか見つかりません。

困った果てに、自分で営業しようと思い立ち、最初のお客さま先の担当者に電話しました。

「私、体が空いているんですが、呼んでもらえませんか?」。

功を奏して、再び精密機械メーカーで業務に就くことになります。

機構設計を徹底的に追求した
自動改札機との12年間

この精密機械メーカーでの二回目の業務は、12年2ヵ月にわたって続くことになります。

製品は同じ自動改札機や券売機でも、今回は搬送部の機構担当です。
鉄道の駅用、空港用などバリエーションも豊かで、構想から設計、試験、納入まで一貫してかかわれる面白さがありました。

当時の自動改札機は、現在のICカードをタッチする方式と違い、主となるのは切符と定期券。
すべて改札機の中を通って処理されていました。

ですから今よりもっと複雑な機械的処理をする機構が求められたのです。

例えば、折れたり濡れたりした切符でも、紙詰まりさせない仕組み。
向きや裏表を装置の中で整える仕組みも必要です。

そもそも装置の中を物理的に通る、券の量が圧倒的に多い。
想定される使用パターンは数千通りにもなりますし、屋外で風雨にさらされることもある装置ですから高い耐久性は必須。

試験の際は、高温多湿の実験室に試作機とともに海水パンツ一丁で籠もったなんてことも(笑)。
終電後の駅に改札機を納入・設置し、そのまま始発から通勤の様子を見守り、不具合が起きれば即対応にあたったりもしました。

切符を反転させる機構の改良設計では、300㎜あった機構を100㎜に縮めるというミッションを担当。
納期として与えられた3ヵ月間、どこを縮められるか、アイデアを出しては自分で部品を削りながら試行錯誤を繰り返し、なんとかやり遂げました。

私が設計した機構はまだ現役で、組み込まれた改札機が今もどこかの駅で頑張っています。

この期間の仕事は確かにハードでしたが、エンジニアとして非常に濃厚な時間を過ごさせてもらったと感謝しています。
機構のノウハウについて自分なりの「百科事典」をつくることができたように思います。

最後まで、新しい舞台を得て、
試行錯誤を続けられる幸せ

50歳前後では、空調機器メーカーでの業務が多かったですね。

1つのプロジェクトが終了して復帰すると、また次のプロジェクトが始まって契約いただける。
およそ9年近くにわたってお世話になりました。

ずっと人と人とのつながりを大切にした仕事をして、信頼を勝ち得ることができたのかなと思っています。

2015年からは半導体製造機器を開発しているメーカーで業務しています。

レンズを使う検査装置で、初めての光学系技術にも触れています。

幸運なことにエンジニア人生の集大成として経験を活かせる環境をいただいて、定年到達後も継続予定です。

基本的に特注品なので、開発サイクルは非常に短く、半年ぐらいで製品にし、また次の新しい案件が降ってくる。
アイデア勝負で工夫を凝らすことができる面白さは格別で、新しいもの好きの私には最適な舞台。

そして、これまでの経験に基づいた提案をすると、お客さまに受け入れていただけるのも、うれしいところです。

これまでを振り返ってみると、経験のない苦手な領域にあえて飛び込み、「新しい自分を創る」という連続だったような気がしています。

それにより、エンジニアとしても一人の社会人としても新境地を開くことができました。

幸福なアクター=エンジニア人生は、もうしばらく続けることができそうです。

(インタビュー:2017年7月23日)

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